干支の活学 風水探訪

~東京下町の観光スポット・浅草寺の風水学的考察 その3~

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

年末年始と、公私ともにいろいろと重なりまして、すっかりとご無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした。“多用”と受け止められず、忙しさのあまり心を亡くす“多忙”となってしまった年末年始で、己の心の浅はかさを今更ながら思い知り、悔い改めた三が日でした。
もっとも忘年会の乱立が自業自得を招いた感が強いですが・・・(苦笑)新年会は控えめにしようと心に誓っております、今のところ・・・。

さて、本来は旧年中にアップするはずだった『東京下町の観光スポット・浅草寺の風水学的考察 その3』を、遅ればせながら投稿して、この考察をまとめたいと思います。

キーワードとしてあげた3つのうち、前回巒頭風水に関して投稿させていただきました。今回は残り2つの
・ご本尊である聖観音像
・山門
について考察したいと思います。

先ずは山門に関してです。
通常、現代建築上の建物に対する理氣は、総氣口となる玄関の向きを重視します。
しかし寺社に関しては山門の向きも重視すべし!と、談氏三元玄空地理では教示しています。
寺社に限らず、清朝までの中国伝統家屋形態であった四合院住宅には、必ず立派な門が築かれており、主屋の玄関と並び、この門の向きも重視されていたようですが、古き伝統を今も尚継続している寺院においては、立派な山門が築かれており、この山門こそ外界世俗と分ける結界に当たると考えられます。
山門をくぐる瞬間、参詣者は心を正し、ご本尊へと向かっていくわけです。
寺院の敷地内というのは、外界の世俗世界とは隔てられた、祈り込められた空間であり、その出入り口である山門は、理氣風水で言う氣口なのだと言えるでしょう。
浅草寺宝蔵門1浅草寺の山門は、本堂手前に本堂を守るようにデンと建立されている宝蔵門です。浅草寺と言えば雷門が有名ですが、雷門をくぐると仲見世通りが続き、そこは賑わいのある空間で、祈り込められた寺院の敷地内という印象はなく、宝蔵門こそ浅草寺の山門なのです。

第6運 癸山丁向
現在の宝蔵門は大谷米太郎氏(ホテルニューオータニ創立者)の寄進により、1964年に建立されました。三元九運は第6運、坐向は癸山丁向、よって宅運盤は左のようになり、六白の双星会向です。
浅草寺の参詣客や観光客の多くは、宝蔵門から見て東南方位にある浅草駅(東武線と銀座線)を利用しますが、東南方位の向星は2(二黒)で、浅草駅から宝蔵門へ向かう参詣客は、26坤乾生入の氣を宝蔵門そして浅草寺本堂へ運ぶこととなりますが、実は2⇒6(地天泰)には、宗教心、信仰心を増幅させるという象意があるのです!!
理氣風水上、山門としての宝蔵門の役割が大変大きいことがわかり、寺院における山門の向きの重要性を改めて認識したウメサンでした。

さて最後のキーワード、ご本尊の聖観音像に関して考察し、3回に渡ったレポートを終えたいと思います。
浅草寺のご本尊である聖観音像の由来に関しては、浅草寺HPに次のように記されています。

浅草寺縁起(由来)
 時は飛鳥時代、推古天皇36年(628)3月18日の早朝、檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)の兄弟が江戸浦(隅田川)に漁撈(ぎょろう)中、はからずも一躰の観音さまのご尊像を感得(かんとく)した。郷司(ごうじ)土師中知(はじのなかとも:名前には諸説あり)はこれを拝し、聖観世音菩薩さまであることを知り深く帰依(きえ)し、その後出家し、自宅を改めて寺となし、礼拝(らいはい)供養に生涯を捧げた。
 大化元年(645)、勝海上人(しょうかいしょうにん)がこの地においでになり、観音堂を建立し、夢告によりご本尊をご秘仏と定められ、以来今日までこの伝法(でんぼう)の掟は厳守されている。広漠とした武蔵野の一画、東京湾の入江の一漁村にすぎなかった浅草は参拝の信徒が増すにつれ発展し、平安初期には、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)さま(794~864、浅草寺中興開山・比叡山天台座主3世)が来山され、お前立のご本尊を謹刻された。・・・

観音様は、多くの仏様の中でも最も慈悲深い仏様とされ、人々の苦しみを見てはその苦しみを除き、願いを聞いては楽しみを与えて下さるとされています。
そして、浅草寺ご本尊の観音様のご利益・ご霊験は古今無双であり、ご示現より今日まで1400年近くに渡り、計り知れない多くの人々を救われご加護なさってきたとされています。
観音様への信仰におけるご利益は、観音様より「慈悲」のお心を頂いて生きること、すなわちかかわる全ての人や生き物をはじめとした万物に対し、「あたたかい心」で接して日々を過すこととされています。

秘仏である聖観音像と慈覚大師作の観音像は、浅草寺本堂中央の御宮殿に祀られています。

本堂の出入り口の向星は五黄です。理氣としての五黄は凶星とされますが、救いを求めて訪れる多くの参詣者たちに付く病厄、苦しみを象徴しているのだとウメサンは感じました。
そして宝蔵門をくぐる折、26坤乾生入の氣を受けて信仰心を高められた参詣者を、聖観音様が慈悲深く向かい入れ、加護なさるのではないでしょうか。
占いは概して吉凶をはっきりとさせたがるものですが、姓名判断の画数にしろ、九星にしろ、その本質に凶はなく、扱うヒトの度量次第で吉も凶になるし、逆に凶は吉にもなるということです。
最も慈悲深い聖観音様であるからこそ、敢えて五黄の氣を受け入れ、癒してくださるのだと、しみじみと実感したウメサンでした。

かくいうウメサンも1/3に、家内と二人で浅草寺を訪れ、初詣させていただきました。浅草寺に初詣で訪れるのは実は初めてでした。浅草駅から雷門を経由して仲見世通りを行きましたが、やはり多くの参詣客でごった返しており、宝蔵門手前で人員整理がされていました。宝蔵門をくぐるまで15分くらいかかり、くぐってから本堂に入るまでも15分くらいかかったでしょうか。
屋根葺き替え工事中の浅草寺
現在本堂は屋根をチタン瓦に葺き替える工事中で、全体がシートで覆われていましたが、そのシートにはでっかい金龍が画かれており、感動しました。
(画像は施工されている株式会社カナメのHPより転載させていただきましたm(_ _)m)
家内と共にお賽銭をして今年の平安を祈願してきましたが、昨年末に浅草寺に関するブログを3回に分けて考察してきたことが聖観音様に受け留められ、惹きつけられるようにお参りさせていただいたと感じております。
聖観音様のご加護をいただき、慈悲の心を持って、2010年庚寅の年、一期一会の精神で縁あるヒト、万物に接することができるよう、努力したいと決意できた年始でした。

どうぞ今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m

                       立命塾塾頭 
                         風水師ウメヤマ(楳山天心)

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